歌舞伎で生きる女。第2回 三遊亭めい(Tonight3)|キャバクラ 情報・求人 キャバキャバ ®

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歌舞伎で生きる女。第2回 三遊亭めい(Tonight3)





Photographed by NACKY Text by MEGUTAN




―まず、お名前を教えてください。
「三遊亭めいです」

―今日はめいちゃんの生い立ちから掘り下げていきたいと思います。まず、人生初の団体生活・保育園時代はどんなお子さんでしたか?
「めっちゃ生意気でしたね。今もなんですけど(笑)。三姉妹の真ん中なんで、自己主張が強くて、いつも3つ年上の姉の背中を追いかけてて…お姉ちゃんのマネをしたい、マセガキでした」

―そんなお姉ちゃん大好きな女の子が小学生になり、お姉ちゃんと同じ学校に通い始め…。
「小学校に上がってからもマセガキは止まらず(笑)。印象に残ってるのが、アムラーにすごくなりたくて。2・3・4年生ぐらいの頃かな?いつもテカテカな洋服で、ミニスカートで、厚底ブーツを履いてたような子」

―えっ?小学生でその格好をしてたの?!親が買ってくれたってことだよね?
「してましたね(笑)。うちの親は人に迷惑をかけなくて、自分で責任が取れることはやっていいっていう決まりがあったんです。でも、パパママが制御出来ない事はやらせないよって。だから、マニキュアやヘアカラーは自己責任で、という考えで、少ないおこづかいやお年玉で買ってましたね。でも、服は普通に親が買ってくれてました」

―生まれて初めて髪を染めたのは何歳の頃ですか?
「小学校4・5年生とかかなぁ?」

―ネイルデビューはおいくつの頃?
「ネイルもたぶんその頃かな?でも足の毛だけは小学校2年生から剃ってました。ツルツルにしておきたくて(笑)」

―めいちゃん、結構クラスの中で目立つ女の子だったでしょ?
「ちょー目立ってましたね(笑)頭は良かったし、学級委員とかするタイプです。でも、運動神経はそんなに良くない(笑)
あと、ルーズソックスを履いて学校に行ってましたね。コギャルやアムラーにすごく憧れてたんで。
そんな格好をしてたけど、勉強はちゃんとやってたし、母が自宅でピアノ教室をやっていた影響もあって、私もピアノを習ってて、合唱コンクールの時は必ず伴奏をやってましたね。目立ちたがり屋だったんで、ピアノは好きじゃないけど得意だったからやっておこう、みたいな(笑)」



―それだけ目立ってると、男子からモテますよね?
「全然!いじめっ子で性格悪かったと思う(笑)。気が強くて、好き嫌いとかすっごいはっきりしてたし。好きな子とは仲良くなるけど、嫌いな子とは絶対につるまない。先生に呼び出されて怒られたりしてました。逆に、いじめっ子はいじめられるっていうけれど、時には私もハブられることもありましたね。目立つ存在ではあるし、友達が沢山いるようにも見えるんだけど、特に誰か親友がいて深く付き合ってる訳でもなかったので、浅く広い人間関係を築いていくようになってましたね」

―それは、何かきっかけがあってそういう考えになったんですか?
「小中学生の頃は深い人間関係に重きを置いてみたりもしたんですけれど、そこじゃないよな人間関係、って感じるようになってから、ドライにフランクに人付き合いをするようになって。そっちのほうが円滑に人付き合いが行くなぁって思うようになっていった感じがしますね。誰かとすごく仲良くしようと思ってみたり、誰かのことをすごく嫌ってみたりしても、あまりいいことがないな、と小中学校で学びました(笑)。その経験はキャバ嬢として活かせたなぁ、と思うし。苦手なキャバ嬢にもちゃんと挨拶するし、同じ席に着けば盛り上げるし楽しく話すし、でも自ら深入りしていくことはなかったな。多少の気になることは何も言わない、触れない。
そうやって生きてきたけど、自分でお店をやってみると、思ってることとか目指すもの、好きなもの嫌いなもの、良い事悪い事、スタッフ達にちゃんと示さなきゃいけないから、今は言うようにしてますけどね」

―めいちゃんの場合『深い』の度合いが人よりも相当深いと思うけれどね。実際に、ただの業者の一員でしかない私にすら、誕生日プレゼントをくれたり(笑)
「そうなのかなぁ?(笑)」

―うん、めいちゃんの『浅い』は絶対に浅くない気がします(笑)。話は少し戻りますが、中学時代はどんな女の子でしたか?部活とかやってましたか?
「ピアノとクラシックバレエを小さい頃からやってて、かなり忙しかったんですよね。中学校入る時にもう、忙しくしてる子っていうのと、外見が派手すぎて有名人だったので、入学前から先生達の間で話題になってしまってて(笑)。だから、入学してすぐに映画研究部の先生に呼び出されて『あなたは習い事をやってて、部活との両立はムリだから、週に1回の映画研究部に入りなさい』って言われて、そのまま入りました。週に1回、映画を観るだけの部活(笑)。部長でしたよ。部長がやることは、観る映画を選ぶだけ(笑)部長ってだけで、高校入試で内申点あがるし。小賢しかったな(笑)」



―小学校や中学校で好きな男の子などはいましたか?
「ちょーいっぱいいましたね。常にいました(笑)」

―めいちゃんの初恋は何歳頃でしたか?
「初恋は保育園のときのコウタロウくんでしたね。近所に住んでいたし、よく遊んでいました」

―恋多き乙女・めいちゃんが初めて男性とお付き合いしたのは何歳頃ですか?
「私、ちょー遅いんですよ。高校3年生かな?意外でしょ?(笑)同級生でした」

―その子と出会った高校は、地元・所沢の学校だったの?
「はい。県立所沢高校に行きました。背が高くて寡黙で、いつも柔らかい雰囲気の…私と正反対な感じですね(笑)。あ、全然関係ないんですけど、同じ高校の2コ上に、三代目J Soul BrothersのNAOTOさんがいました。私もダンスをやってたから、深夜にデパートのガラス前で練習してると、NAOTOさんが近くで踊ってたりして。当時からうまくてカッコよかったなぁ」

―えっ?めいちゃん、ダンスもやってたの?!
「はい、ダンスもやってました。舞台もずっとやってたし…舞台がメインかな?事務所とか劇団とかに所属して、オーディションを受けまくってました」

―ちゃんと舞台に立ったのは、何歳の時?
「中学2年生の時かな?」

―めちゃくちゃ忙しい中学生だね。
「そう、週4回クラシックバレエに通って、週1でピアノ教室に行って、ダンスもやって、ジムも通って、映画研究部にも出て(笑)。中学の頃からずっと、オーディションを受けては舞台に立ったりはしてたんですけど、ちゃんと事務所に入ったのは高校1年の時かな?ピアノは高1で辞めちゃいました。限界を感じて。やっぱり好きじゃなかったみたいで(笑)」

―高校では部活動などはやってましたか?
「最初は新体操部に入ったんですけど、バレエと違う筋肉を使うのが辛かったのと、習い事も忙しくて…数ヶ月で辞めちゃいました」

―高校時代、アルバイトなどはしましたか?
「中学卒業してすぐにマクドナルドでバイトを始めました。親が、基本的なところはお金を出すけれど、それ以外にやりたいことがあるなら自分のおこづかいでやりなさい、っていうのがあって。欲しいものもいっぱいあったし。日高屋でも働いたし、スーパーのデモンストレーターもやりました。試食を作って配る人ですね」



―高校進学後の進路は?
「大学は行かずに、青年座研究所(※高畑敦子らが所属する劇団の演劇学校)に行きました。その頃にはもうクラシックバレエの回数は少し減らして、ダンスのインストラクターもやってて…」

―また新たな職業が飛び出しました。それはギャランティが発生するお仕事なの?
「はい、頂いてました。週2~3回やってて。高校3年の冬にオーディションを受けて、春から働く契約だったんですけど、インストラクターが足りないってことで急遽オーディション後即働くことになって」

―ダンス自体は何歳からやってたの?
「13歳かな。中学2年の時に初めてミュージカルに出た頃に『舞台をやるには一通りの踊りをやっておいた方がいいな』と思って。都内まで、色んなジャンルのダンスレッスンを受けに行ってましたね。高校は私服だったので、学校が終わってそのまま都内のクラブに行って、ダンスがうまい人を見つけては研究したり。ちゃんと終電までに帰ってました。」

―本当にハードな日々だね。
「だから、高校3年の時にお付き合いした子には『全然遊ぶ時間ないじゃん!』ってよく言われてましたね。その子とは半年ぐらいで終わっちゃって…短かったですね。私、頭のいい高校に行っちゃったんですけど、早いうちに勉強についていけなくなっちゃって、すごい成績が悪かったんですよ。でも、彼はすごく成績優秀な子だったんで、受験の時期に先生に呼び出されて『お前、邪魔すんなよ』って怒られたこともありました」



―余計なお世話だね。そして、今のところ水商売のみの字も出てこないね。
「10代の頃は、水商売なんて絶対無理だと思ってました。男に媚を売る仕事なんてキモっみたいな(笑)。ダンスのインストラクターと、イベントコンパニオンで稼いでました。展示会とかパチンコ屋さんの仕事とかやってました」

―イベントコンパニオンは何歳ぐらいまでやってたの?
「昼間働く感覚は忘れちゃいけない、みたいな、変な葛藤があって、イベントコンパニオンは結構長くやってましたね。23~24歳までやってましたね」

―青年座の研究生ってことは、学費も払わなきゃいけないよね?
「青年座研究所の学費は、年間50万ぐらいだったかな?そこは親が払ってくれました。研究所は2年間あって、1年目が終わると半分はそこで切られるんです。更にその1年後、1人か2人くらいが劇団員になれるんです。私、すごい青年座が好きで、『入団したい!』の気持ちが強くて入ったんですけど、いざ入って、劇団員になれる人の傾向を見ていると、演技の上手い下手よりも、その時その時の劇団のバランスで、欲しい人材って違うんだろうな、と感じて。私は2年目の合格通知も貰ってたけど、このまま通ってても劇団員になれるかどうかは分からないし、教えられている内容も、自分が過去にいた劇団や事務所でやってきたことと似ていたから、だったらもっと現場に出たいなぁ、と思って、2年目には行かずに辞めました。それで、自分でオーディションに応募して、いくつか舞台に立って。1年後は音楽座ミュージカルRカンパニーというミュージカルの劇団に入団しました。音楽座も1年いましたね」

―音楽座を辞めるきっかけは?
「ミュージカルに出たかったんですけど…この時期が私の人生を1番狂わせた時期かも(笑)。よくある話なんですけど、役は付かなくても、いつも稽古場にいなきゃいけないし、先輩たちのどの役をいつ振られても出来るようにしていなきゃいけないし、キャスティングされてなくてもセリフを全部覚えなきゃいけないし。ダンス部という所に配属されたんですけど、振付師にいつもついて、振り付けも全て覚えて。誰かが怪我をしたらいつでも入ってやろうっていう、虎視眈々としたメラメラ感も常にあって。でも、キャスティングされてない人間は、それらをこなしつつ、DM発送やファンの方への営業電話、ファンの方へのお手紙書きとかもやるんですよね」

―かなり長時間拘束だね。
「そうなんです。だから、自分の技術向上のためのトレーニングやレッスンをする時間がほとんど取れなくて。さらに、キャスティングされてなくても、チケットを売らなきゃいけなくて」

―チケットの販売ノルマってやっぱりあるの?
「ノルマはないんですけど、チケットの販売成績次第でキャスティングに関係してきます、っていうのはよく言われましたね。実際に、キャスティングされてない子が、200枚のチケットを売ってきて、急遽キャスティングされるとか。出演してなくても、作品を愛していればチケットを売れるはずだ、って。それが結構ストレスでしたね。でも諦めたくなかったし、頑張りたかったし、限られた少ない時間に良いレッスンを受けに行きたくて。お金が必要で。そこで初めて水商売に行きました」



―最初のお店はどんなところでしたか?
「20歳の時、東大和のお店に入りました。当時は本当にうしろめたくて、人にバレたくなかったんで、所沢から通えて、所沢の人がいなさそうな所を選びました(笑)。スナックみたいな感じのキャバクラでした」

―初めての水商売の感想はどうでしたか?
「楽しくなかったけど、その時のスタート時の時給が3300円で、そんなに貰える仕事をしたことがなかったから、すごい楽だなぁ、と思っちゃいましたね。私、その時は考え方が間違ってて、この仕事は男の人に媚を売らなきゃいけない…色恋をしなきゃいけないんだと思ってたから、一生懸命それをやろうとしてて。そこがちょっとしんどかったんですけど、まぁそれをやれば時給3300円貰えるんだ、という思いはありました」

―その時はどのぐらいのペースで働いてたの?
「週2ぐらいかな?水商売に対してまったくやる気がなかったのと、劇団が忙しすぎて」

―東大和のお店は長い間働いていたの?
「いや、全然。その後は国分寺のお店に行きました。それから拝島のお店に行って、拝島のお店が潰れちゃって、系列店の小作のお店に移動する間、福生にある系列店で預かってもらったりして。その後、本厚木のお店に入って。本厚木はセレネの系列店だったんですけど、あの店が1番接客指導に対して厳しかったですね。色々教えてもらって、すごく勉強になりました」

―この、東大和のお店から本厚木のお店までが、何歳の頃?
「20歳から22歳の終わりまでですね。結構短い間に色んなお店を転々としてましたね。その間に音楽座のほうは『やってらんない!』と思っちゃったんで、1度も舞台に立つことなく、1年で辞めちゃって。でも、舞台に立つ夢は諦めたくなかったから、オーディションを受けて舞台に立つ日々に戻りました」

―本厚木の次が、確か歌舞伎町デビューだったよね。
「そうです。22歳の2月に初めて歌舞伎のお店に入りました。『ディバイン』っていうお店でした」

―何故、本厚木から歌舞伎町に出てこようと思ったの?
「本厚木で働いてた頃、何人か都内で働き出した子がいて、稼げるって聞いてたから、新宿にあったエーラインっていう紹介会社に行ったんです。でも私、当時この仕事をナメてたんで、『週1~2回だけ働きたい。終電上がりで、自由に働きたい』って要望伝えて。『そんなんじゃ無理だよ。こっち(歌舞伎)の子は本気だし、可愛い子もいっぱいいるし、整形する子もいっぱいいるし、そんな生半可な気持ちだと出来ないよ』って帰されて(笑)。その時の担当さんとは今もご縁があるので、「あの時追い返されてムカついたんたけどー!!」なんて笑い話をしますね(笑)」

―なかなか手厳しいね、エーラインさん(笑)
「でも、本厚木で働きながらも、やっぱり歌舞伎は稼げるんじゃないか?っていう気持ちはあったんで、スカウトされたら連絡先は交換したりしてて。で、22歳の年末の時に『ディバイン』が人手不足でヘルプを募集しているっていう連絡がスカウトマンからきて、じゃあお正月だけヘルプに行こうって思って行ったのがきっかけです。それで、従業員の人から『うちで働かない?』って言われて、在籍するようになりました」






―歌舞伎町に来て、最初のお仕事の印象は覚えてる?
「楽しかったですよ。実は前にいたお店のほうが、礼儀や姿勢や振る舞いに厳しかったので、前のお店で教えられたことをちゃんとやっていれば、歌舞伎町でも案外やっていけるかも、と思って。あと、来て思ったのが、エーラインさんで言われていたよりも、もっとふわ~っとした子が多い…歌舞伎に来る前の私みたいな『歌舞伎町は稼げる』というだけで来ちゃった子が多いな、と思いました」

―歌舞伎に来た時は、まだステージに立ちたいという思いはあったの?
「ありましたね。やってました。音楽座を辞めてからは、舞台メインの事務所とTVメインの事務所に在籍してて、そこからもらったオーディションを受けたりしてました。深夜の通販番組で、ダイエット器具の使用モデルとかもやりましたよ。お店の女の子たちが帰宅すると、TVに私が出ていて、ダンスで鍛えた身体で健康器具の使用例をやってるのが放送されてるから、翌日『めい、昨日また出てたね』とか言われたりしてました(笑)」

―店でもTVでも会えるキャバ嬢か(笑)。歌舞伎で働きながらも、夢は諦めなかったんだね。
「でも、どこかで区切りは付けなきゃとは思ってて。このまま歌舞伎町でズルズルとやってていいのかな?と思って、一度東京を離れようと、USJの『ウィキッド』っていうミュージカルのオーディションを受けたんです。それで最終審査に残って、私含めた三名だけ先に採寸までして衣装合わせもして、これはもう決まったな、とか思ったんですけど、不合格通知が来て。その不合格通知が来た2~3週間後ぐらいに、『ウィキッド』自体が無くなることが公式ページで発表されたんです。それでもまぁ、不合格には変わりはなくて。それが24歳の頃かな?」

―キャバ嬢としても開花してきた頃だね。
「1番稼いでた時期だったんですけど、だからこそ1度この場所から離れないと、いつまでも有耶無耶になっちゃうなぁ、と思って。その時は『レヴュー』というお店にいたんですけれど、結局場所を変えることは出来ず(笑)」

―その後『レヴュー』から、系列店の『エヴァー』に移籍になってるよね?
「お互いを感化させる為に、お店同士でキャスト何人かずつトレードするというお話があって。それで行ったんですけど、その直後に3.11の震災があって、縮小営業することになって『エヴァー』の子たちは系列店に移籍になったので、私はまた『レヴュー』に戻ることにしました」

―ちなみに震災当日は何をしてたの?
「舞台の稽古をしてました、三鷹で。大林素子さん主演の舞台でした」

―そこからしばらくは『レヴュー』で働いて、めいちゃんは26歳で独立したね。そこに至った経緯は何ですか?
「『レヴュー』ってすごくいいお店だったんです。今でもいいお店だったな、って思うし。当時、私なんかじゃ入れない店ってスカウトマンたちにも言われてて(笑)。なぜか採用していただけましたが(笑)。先輩たちはみんな綺麗で、すごい仕事が出来て。私なんかじゃどんなに頑張っても10番に入れるかどうかって感じのお店で、とにかくまぁ凄くて。先輩たちの足元にも及ばないんだけど、とにかく楽しいしやりがいがあって。でも、月日も経てば、徐々に先輩たちが辞めていっちゃって、お店の体制も変わってきて、そこに馴染めない自分がいて。でも、他のお店に移ろうにも、『レヴュー』よりもいいお店って思いつかなかったし…そこに不満があったり、やりづらいと感じてるのなら、そこに順応できない自分が悪いんだし。だったら自分でお店をやって、そこに自分のお客さんを呼んで、自分の好きな女の子たちを雇って、一緒に盛り上げてもらって、今と同じぐらいの収入を得られたら、もっと自分にも自由な時間ができて、もっと色んなことができるかなぁ?っていう、安易な考えから店をやっちゃったんです」



ディバイン&シルフ在籍時の三遊亭めい。



―そしてようやくお店が26歳の12月にオープン。しかし、オープンした数ヶ月後、人生の中で重大な出来事が起きるんですよね。
「赤ちゃんが出来ちゃいました。『Tonight3』をオープンしてすぐ…3月に妊娠が発覚しました。ずっとお付き合いしてる人はいたんですけれどね」

―妊娠が発覚した時、どんな気持ちでしたか?
「旦那とは家がすごい近所だったんで、半同棲状態だったんですけど、素直に嬉しかったです。でも、どうしようって気持ちもありました。最悪、店をたたんで引退するかもしれないということも、従業員の女の子たちに伝えました。多分、売上も悪くなるだろうし、私がいつまで店に出れるかも分からないし、いつ店を閉めるか分からないから、いつ辞めて行ってもいいよという話はしましたね。でも、実際に辞めた女の子はいなかったので、有難かったですね」
―すごいね、人望の成せるところだね。そもそもキャバクラではなく、ガールズバーを経営しようと思ったのは何故なんですか?

「私が昔働いていたお店に、深夜店があって。朝まで営業していたんです。レヴュー時代は1時に仕事が終わって、アフターで朝まで飲み歩く日々だったので、朝まで働けたら良いのになと思ったりしてて。風営法も厳しいし、バーだったら朝まで営業出来るなと。あとは、同業のお客様も結構いたので、バーだったら仕事終わりにもっと来てくれそうだなって。今でこそガールズバーも沢山ありますけど、当時はまだ数が少なかったので勝負出来るかもと思いました。あと、色んなガールズバーに飲みに行ってみて、女の子の受け口が広いという印象や、客層の幅も広いという印象を受けたのと、キャバクラより時給も安いし、箱も大きくなければ、リスクも少なくスタート出来ると思いました」

―めいさんの場合、元々の知名度があるから、立ち上げ当初のお客さんの入りに困ったりしたことはなかった?
「売上に関しては、宣伝しなくてもまったく困らなかったですね。妊娠するまでは」

―逆に妊娠してからが大変だった?
「大変でしたね。やっぱり出勤出来ない日もあって。自分が毎日現場に出ることを前提で店づくりをしていたから、女の子達に任せる、ってことをいきなりやることになって。教えること、やらせる業務、たくさんあって、女の子達は大変だったと思います。私を目当てに来てくれるお客様がまだ多かったので、臨月まで顔を出していましたね。でも、目の前に働いてる妊婦がいて、万が一何かあった時に自分も責任を感じちゃいそうだからお店に行きたくないって嫌悪する人も多かったです。あとは『旦那も出来て子供も出来たんだから、もう店を閉めるんでしょ』って言われたり」

―色恋の果てに醒めて去って行ってしまったお客さんもいるの?
「もともとお客さんたちには『私はちょー遊んでる。彼氏もいっぱいいる』って冗談で言いまくってたから、別にそうでもなかったんですよ。妊娠が発覚して、その時初めてお客さん達に『実は長く付き合ってた人がいるんだよね』って話をしても、あまりビックリされなかったな(笑)。祝福の言葉をかけてくれる人が多くて嬉しかったです。でも、同業のお客さんたち…ホストとかスカウトマンとかは、『同業だし、本当の本当のことを言ってくれてただろう』みたいな気持ちがあったのか、結構離れていっちゃいましたね。旦那が同業者ってこともあると思いますが」

―そして11月22日にお子さんを出産して、その後はどのぐらいから現場復帰したの?
「子供が生まれた10日後が店の1周年だったんですよ。だから1周年の日に復帰して、その日はお酒も飲んじゃいました」

―そこからはお客さんの入りも回復した?
「徐々にですね。赤ちゃんの身体って生後6ヶ月まではすごい強いんですけど、半年を過ぎると母体からの免疫力が無くなって、風邪ばっかりひくんですよ。だから思うように仕事が出来なくて。『今日出勤するよ』ってお客さんに伝えても、娘の急な体調不良で突如出勤出来なくなるということもかなり多かったです。一歳半くらいまでそんな感じでしたね」



―話は少し戻りますが、お店を立ち上げる時に反対する声はありましたか?
「あー、もうそんなんばっかりでしたね。キャバクラ経営者たちには、いかにキャバ嬢は稼げるか、いかにバーは稼げないか、キャバ嬢を続けたほうが良いとたくさん聞かされました(笑)女の子からは特に後ろ向きなご意見が多かったですね(笑)」

―それは同性特有のやっかみだよね。
「そうなのかなぁ?オープンしてからも『大変でしょ』とか『子供も出来て…』とか『すぐ潰れるでしょ』とかね。あとは『本当は他に経営者がいて、全部やってくれてて、三遊亭めいの名前だけ出してるんでしょ?』っていうのは多かったですね」

―それ、直接顔を見て言ってくるの?
「直接言ってくる人もいれば、お客さんたちから又聞きのときも(笑)。会ってるときは『凄いね』『遊びに行くね』とか言ってくれるのに、お客様には『どうせすぐ潰れるよ』って言ってるキャバ嬢さんとか…こわいですよね(笑)」

―キャストさんがお店を出すというのは、珍しい話なのかな?
「どうだろう、ちょこちょこと居る印象ですけどね。店を出すにあたって、旦那が多少の出資はしてくれてます。共同経営のつもりでしたね。現場のことは私がやる、経理関係は旦那がやる、という役割分担をして。でも長く付き合ってた相手でも、お金が絡んでくると仲良くは出来ないです(笑)。揉めまくりな日々に、結局ひとりでやっていくことにしました」

―その時の旦那さんの反応は?
「物件探すにしても、お店の従業員を揃えるにしても、全部私ひとりで動いていて、彼は1mmも携わってないんです。経理関係は彼がやってくれることになってましたが、彼も仕事が忙しく手が回らなくて、結局経理も自分で出来ちゃったし。店の女の子たちも全員私についてきてるし、もう彼が入るすきは無いって感じでしたかね…。この日から1人でやっていく、って決まったわけじゃなくて、状況がそうさせていったのかな。当初は利益の何割ずつ、っていう口約束はあったんですけど、お金も渡してないです」

―出資の話はなかったことになったんですか?
「お店のことでは揉めつつも、27歳の7月21日に結婚式挙げて、夫婦になったので、返してくれっていうのもないですね」



―優しい旦那さんだね。そして遂に2016年、めいちゃん31歳の12月に『Tonight3』は5周年を迎えるわけですが、その間に子供以外のことで店を畳もうと思ったことはある?
「全くないですね。」

―親になっての心境の変化はある?
「なんとなく水商売をやってちゃいけないっていう気持ちがありました。結婚しても水商売を続けている女の人が周りにはいなかったというのもあって。でも、いざやり続けてると、お客さん達は旦那や娘のことを可愛がってくれるし、ここでしか出会えない人って沢山いるし、自分の成長にも娘の成長にも繋がることがたくさんあるし。娘にいろんな経験をさせたいという気持ちは強いので、人との繫がりの面でも、稼ぎの面でも、続けていきたいなという気持ちは大きくなりました」

―おばあちゃんになってもこの仕事をしたい?
「やりたいですけどね(笑)。でも今の仕事のスタイルが体力的にいつか無理が来るんだろうな、っていうのはすごく感じてます。誰かにすべて任せて、自分はマイペースにゆっくり働ける環境をつくれたらいいんですけど、今までにも何度か、誰かに任せようとしてうまくいかなかったんです…」

―それはみほさんでも無理?
「いや、みほなら任せられます。でもみほは、こっちが本業ではなく、ダンサーと女優が本業だから…」

―悩みは尽きないですね。
「そうですね。だから最近は飲食業交流会に行ったり、飲食業の講座とかセミナーなどを沢山受けるようにしてます。月に1〜3回くらいかな。経営のお勉強をすることやネットワークを広げることはもちろんなんですけど、もしお店を閉めることになったら、どこか飲食業界に就職することも少し考えています。
そうは言っても、新たに飲食店出店や、どこかのフランチャイズに加盟して出店するのもいいな、と夢は大きく持っています」

―自分で経営することにこだわりはある?
「出来れば自分で経営したいですね。最近はラーメン屋さんに興味があります。大好きなラーメン屋さんのフランチャイズ」

―誰かの傘下に入ることに抵抗はないの?
「ないです。一店舗を我流でしかやってきてないから、大きなグループとかすごく興味もあるし、その中に入ったとして、自分はどれだけの仕事が出来るのかなって。就職するにしても『もう雇われるのは無理でしょ』って周りの人に言われますけど、そうなのかなぁ…そういうもんなのかなぁ…(笑)面白そうだと思っていますよ」

―10代の頃も色んなことをやってきたけど、大人になってからも攻めるね。
「好奇心が止まりません(笑)。オープン6年目の来年は、絶対に飲食店でアルバイトをしたいと思っています。飲食業や接客業のセミナーや講習を色々受けて、勉強をしてきて、どこかでそれを発揮したいっていうのがあって。いくつかの飲食店オーナーさんに相談したりしてます」








―お子さんが小学校に上がっちゃえば、また話は変わってくるのかもしれないけどね。今、お休みは週何回ぐらいあるの?
「適当ですね。お店自体は今はもう無休になってて、従業員が多い日は、前半だけ休んだりとか」

―旦那さんと2人でどこかに出かけたりすることはある?
「全然ないですね。まったくない!」

―チラリと見えたスケジュール帳、予定でびっしりだったもんね。話は変わりますが、今、月1でネット配信の生放送をやってるじゃないですか。あれを初めたきっかけは?

「ホストさんの番組に、女性ゲストで出させていただいた機会があったんですけど、よく喋る女性ゲストが珍しかったみたいで(笑)そこから『キャバ嬢の番組、めいさんMCでやりませんか』というお話をいただきました。始めは提供社があったのですが、いろんな業態をやってる会社で、お忙しいのかな…、連絡こなくなっちゃって…。そしたら配信会社のナイトチューブさんから『そのままめいさんMCで番組やっていっていいですよ』とお話を頂いたので、やらせて頂いてます」

―出演者になかなか豪華な顔ぶれが揃ってますが、出演者の選定はめいちゃんがするの? 「ある程度は自分でやってます。友達だったり、面識があって喋りやすかった子に声をかけることは多いです。あとは、黒服さんやキャバ嬢さんを扱っている業者さんに『出てくれる子いたら紹介して下さい』と連絡してみたり」

―実際にあの番組をやって、反響はありましたか?
「全っ然ない!(笑)反響ある人もたくさんいるんですけど、私の場合はまったくないです(笑)。前に1度『(望月)美穂ちゃんに会いたいんだけど、どこに行けば会えるの?』っていうお客さんが来たぐらいで。可愛いキャバ嬢さんたちに並んで、かすむばかりです(笑)」

―でも、歌舞伎を歩いてて指をさされたりしない?
「全然。見知らぬ人にすれ違いざま『ブログ読んでるよー』と言われたり、キャバクラやサパーに飲みに行った時に『この前の放送、見ました!』と言ってくれる子がたまにいるけど、それぐらいかな?」

―あの番組をやってて、店側からクレームが入ったりすることはないの?『ぶっちゃけ過ぎだろ』とか。
「全然ないですね。ただ、女の子に先に声をかけるか、お店に先に話を通すか、両パターンあるんですけど、お店に先に話を通してて、お店にスケジュール管理を任せてた時、放送直前に女の子がお店を辞めちゃったことがあって。そしたらもう、その子は使えなくなっちゃうじゃないですか。だから女の子と直接やり取りしたほうがやりやすいな、とは思います。ただ、お店の顔を考えたら、お店の押したい女の子を出してあげたいと思いますし…難しいところですね」



―なるほど。そんなめいちゃんの、現時点での夢はありますか?
「さっきも話したけど、飲食店をやりたいな、っていうのはあります。場所はどこでもいいけれど…、やっぱり歌舞伎町がいいかな」

―歌舞伎町は好きですか?
「好きですね」

―どんなところが好き?
「常に絶えず人がいて、いつでも遊べるところ。たくさん飲んでもいいところ(笑)」

―お酒の失敗は?
「たくさんあります(笑)」

―今までで1番酷い失敗談は?
「えーっ?!ありすぎる!(笑)子供が産まれてからはだいぶセーブするようにはなったんですけど…それでも記憶ない時もチョコチョコ(笑)。飲むと、すごい楽しくなるか、すごい説教を始めたり、喧嘩になったり(笑)」

―お客さん相手でも言っちゃう?
「言っちゃうんですよねえ…。だから、『もういいっ!てめー帰れよ!!』って帰しちゃうことも(笑)。ちゃんと謝ります次の日(笑)。1番最近で酷かったのは、出勤前にお客さんたちと飲みすぎて、お店にもたどり着けずに職安通りで潰れていたことでしょうか…。歩道に大の字で寝転がってて…」

―歌舞伎町らしい光景だね(笑)。お酒は好き?
「好きですね。でも、無くても生きて行ける。家ではまったく飲まないし。みんなでワイワイと飲むのが好きなんですよね」

―キャバ嬢になる前は、お酒は飲んでたの?
「いや、まったく飲んでなかったです。乾杯の仕方も知らなかったぐらいで。初めてキャバクラで働いた日も、お酒は乾杯をするということすらわかっておらず、ファミレス感覚っていうのかな…自分のお酒が来たら勝手に飲み始めていて…怒られましたよ(笑)。歌舞伎町に来るまではヤル気もなかったから、お店でもそんなに飲まなかったし。歌舞伎町に来て『ディバイン』で稼ぎ方をすごく教育されて、あ、こういうことをすれば売れるんだっていうのを実感しましたね。やること考えることはたくさんあるんですが、例えば、お客さんと一緒にたくさん飲むことだったり、誘われたアフターは断らないとか。そうして実践しているうちに、結果もついてきて、お酒もアフターも、それから仕事も、好きになったんですけどね」



―めいちゃんにとって、歌舞伎町とはどんな街ですか?
「優しい街だと思います。得体の知れない人とかが歌舞伎町に来て、生きられてるじゃないですか(笑)。人に言えない過去がありそう、みたいな人(笑)。やり直せる場所なのかなぁ…。あらゆる業態があって、働き口がいくらでもある。いいことも悪いことも。うちの店でも、他店さんでもよくありますけど、なにかやらかしてクビになった子や飛んだ子が、すぐに近くの違う店では働けちゃったり…何事もなかったかのように。逆に、面接来た子に対して、闇を抱えてそうでもそこを突っ込んだり掘り下げもしないし、ここから一緒に頑張りましょう、って思うし(笑)。みんなが生きやすい街だな、みたいな(笑)」

―誰でも受け入れてくれる街だ(笑)
「そうそう!受け入れる、受け入れる!(笑) この前もニコ生のコメントで『歌舞伎町って怖いの?』っていう質問が来たんですけど、女の子たち全員一致で『全然怖くないよね。常に誰か人がいるし、常に明りが点いてるし』って話題で盛り上がったところなんです(笑)。あと、私、歌舞伎町に来るまでは全然お金なんてなかったし、歌舞伎町に来てすぐに売れて、それが初めて売れたって感じで…そこが水商売が面白くなってきたポイントでもあったんですけど」

―そうだよね、みんなそれが目的で働いてるんだもんね。
「そうですよね。その時はオーナーに『お前今どれだけ貯金あるの?』って聞かれたんですけど、実はその時、私、借金を抱えてて『いや、むしろ借金あるんですけど?』みたいな(笑)」

―そうだったんだ?!それは何で作ってしまった借金だったの?
「最初は20歳の頃、海外の有名な演出家が来日しての、数日間のレッスンがどうしても受けたくて、それが10万だったんですけど、手元に10万円がなかったから、水商売でさっくり稼いですぐ辞めようと思って。それは親にも話してOKを貰ったんです。やたらと自立にはうるさい親だったから、手助けはしないよ、と。でも、やってほしくないからすぐに辞めてね、って言われてたから、ちゃんと辞めたんです。それが東大和のお店だったんですけど。でも、そのレッスンを受けてみて、やっぱり得られるものも大きかったし、お金がないことによって経験できてなかったことって多かったかもな、ってすごく思っちゃって。で、やっぱりお金が欲しくなって、隠れてコソコソと働いてたんですけど、髪の毛ちんちくりんで帰ったりするから、すぐに親にバレちゃって(笑)。それで親に『水商売を続けるんだったら、すぐに家を出ていって』って言われて、家を出ることになったんですけど」

―でも、10万のレッスン代も払っちゃったし、お金持ってないよね?
「そう。で、銀行も貸してくれないし、しょうがないからアットローンでお金借りて。でも、1回借りる癖がついちゃうと、また借りる癖がついちゃうし、ちゃんと返してると今度は限度額が上がって、それがあたかも貯金かのような気持ちになってきて(笑)。まだある、まだある、みたいな(笑)」

―銀行から引き出してる感じになっちゃうんだ?(笑)
「そうそう(笑)。それで結構使っちゃって、一人暮らしを始めたばかりだから家具も欲しいし、とか思っちゃって。だから歌舞伎町に来た時、貯金どころか借金があるって言ったら、すごいびっくりされましたね」



―その借金は、いくらまで膨らんだの?
「60万ぐらいかな?21歳で60万の借金は結構大きくて。歌舞伎町に来てからすぐに返し終えましたけどね。だから私、消費者金融に手を出そうとする子がいたら、絶対に止めるんですけどね」

―実際に女の子とかで、消費者金融から借りようとする子は多いの?
「歌舞伎町の子って、すぐに人からお金を借りようとしますよね。人に借りようとする子に関しては、逆に消費者金融に行けって話もします。だって、平気で借りて、返さないでしょ?誰かに借りて迷惑をかけるぐらいなら、ね。ま、私は絶対に貸しませんけど(笑)。どっちにしろ借りるなって話はしますけどね。まぁ、そんな借金持ちだった私でも受け入れてくれて、働き口があって、借金もすぐに返せる、優しい街、希望のある街ですよ」

―いちOLの私からしたら、不思議な感じがするんだけどね。だって、OLの私より絶対にいいお給料をもらってる訳でしょ?みんな何に使うんだろう?
「でも、売れてない子だったら、生活するだけでいっぱいいっぱいになる気もしますね。歌舞伎町に通いやすい場所に住むって、やっぱり家賃も高いと思うし。私は当初相模原の田舎に住んでいて、家賃四万でしたけど(笑)。キャバ嬢ってヘアメイク代もドレス代もかかるし、自分にお金をかけなきゃいけないところがたくさんあるから…。それに、歌舞伎町には美味しいものがたくさんあるし、魅力的なものや楽しい場所がたくさんあるし。
うちの店ではないですけど、キャバクラだったら、だらしない子には罰金がつきものだし、それが結構な金額なんですよね(笑)」

―女の子から相談されることって結構あるの?
「無くはないですね。あと、旦那が紹介会社をやってるんで、どこか紹介してほしいっていう子もたまにいるかな」

―『Tonight3』の従業員の子は、めいちゃんと同じく演劇やミュージカルが好きな人が集いやすいのかな?っていう印象も受けたんですけど、別に意識して集めた訳ではないの?
「いや、全然。今は二人芸能関係の子がいますけど、一人はみほで、もう一人はたまたまお客さんが『演劇やってる可愛い子いるよ』と紹介してくれて。『オーナーが同じ業界いたから理解あるよ』と言われて来てくれたみたいなんですけど。でも、うちは1週間おきにシフト提出で、完全自由出勤なんで、演劇やってる子っていつオーディションが入ってくるか分からないから、うちみたいな店だと働きやすいんじゃないかな?とは思ってます。チケット売ってなんぼの世界でもあるから、お客さんで興味を持ってくれた人がいたら買ってくれることもよくあるし」



―女の子の採用面接もめいちゃんがするの?
「最近は任せちゃったりしますね。ある程度お店にいた子だったら、みんなの感覚で合否つけてくれていいよ、と。面接の仕方やポイントは教えてあります。面接の段階では、一緒に並んで極端なブスではないことと(笑)、この子とは一緒に働きたくないと思わない限りは、そのまま体入させちゃっていいよ、とは言ってます。体入の時は、私も顔を出すようにはしてますけどね。面接で合否、体入後に合否、があります」

―逆に、不採用の基準ってあるの?
「見た目もそうだし、コミュニケーション能力もそう。面接時の印象が良くなかったら、考えちゃうところはありますね。面接って、その人の1番いい状態で来てると思うんですよ。よく見せようと頑張ってるはずたし。それで、格好がだらしなかったり、態度が悪い子、まったく喋らない子、的はずれなことばかり話す子は、ちょっとお帰り頂いてます(笑)」

―さすがオーナー。なかなか的確なところを突いてきますね(笑)
「でも女の子はいつだっていっぱい欲しいですよ!うち、正真正銘本当に自由出勤だから、絶対に働きやすいと思うんだけどなぁ。女の子たちみんな性格よくて仲良しだし。お客さん良い人ばかりだし。明るくて元気な子は、少しでも興味持ったらとりあえず応募してほしいです(笑)。とりあえずお店来てみてほしいです(笑)。これ、切実です!」



―分かりました、書いておきます(笑)話は変わりますが、お店を立ち上げてよかったな、と思うことはありますか?
「いっぱいありますよ。自分がすごい舞台をやりたくて、お店がうまくいったら自分のお金で舞台をやりたいなぁ、という想いもあったんですけど、それは厳しいな、と思って。まぁ、子供も出来たし、今後舞台はほぼほぼやる機会はないんだろうなって思うんですけど、うちの店があることによって、夢を抱えた子たちが夢を追い続けられて、生活も出来ていて…人の夢を一緒に追ってるような気持ちになれるところがいいなって、すごく思いますね。あとは、自分がやりたいスタイルでお店づくりが出来ることは、すごく幸せなことだと思います。キャバ嬢時代はお店のカラーも考えなきゃいけなくて、例えば『コール強制』のお店もあったし、『コール禁止』のお店もあったし、静かなお店に勤めてるときは『めいの声がうるさい』と怒られてましたから(笑)自分のやりたい、自分のスタイルで、自分のペースで仕事ができるのは、すごい良かったと思いますね」

―そんなめいちゃんだからこそ、自分の店の女の子たちにも自由を与えられるんだよね。逆に、辛かったことは…でも、お店を立ち上げたことに後悔はしてないって言ってるから、ないかな?
「辛いこと…うーん、悩みや試練はいくらでもありましたけどね(笑)後悔は全くないし、やりがいしかないですよ。ただ、キャバ嬢の子たちに『お店を立ち上げることを考えてるんですけど』っていう相談は受けるんですけど、いつも言うのは、自分の例ですよね…『結婚したくなったらどうするの?子供出来たらどうするの?売上悪くなったらどうするの?いろんなシチュエーションを想定してから始めたほうがいいよ』とか話してるかな。私がそうだったように、きっと始める時って、勢いや想いは強くて、希望の塊だから、10年後まで冷静に見られなかったり、うまくいかなくなった時のことなんて頭に浮かばないもん(笑)お店をやって良かったな、とはもちろん思いますけど、キャバ嬢のほうが楽に大金稼げたな、とは思いますよ(笑)キャバ嬢の時は、苦手なお客さんがいたら席を外すことも出来たし、揉め事があれば黒服が対応してくれるし(笑)今は良いことも悪いことも全部受け止めなくちゃいけなくて…だから面白いんですよね」




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歌舞伎町1-2-7
ダイカンプラザ星座館ビル5F
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定休日 無休


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